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 大砲とまでは行かないが、比較的堅実なバッティングでパンチ力もある選手。
 基本3塁手だが、センター以外は全て守備経験がある万能選手。

 注:英文表記に慣れるため英語にて記載しております。英文文字にカーソルを当てると日本語訳が出ます。

 【21】 タイ・ウィギントン [ Ty Wigginton ][ Full Name = Ty Allen Wigginton ]
 [ 3塁手 右投げ/右打ち/30歳 ][ メジャーデビュー02/05/16 ][ 誕生日77/10/11 ][ 出身:ノースカロライナ州アッシュビル]
Year Team Org. Level G AB AVG HR RBI SB R H 2B 3B BB SO SLG Salary
1998 Pittsfield (NYPL) NYM A- 70 272 .239 8 29 11 39 65 14 4 16 72 .408
1999 St. Lucie (FSL) NYM A+ 123 456 .292 21 73 9 69 133 23 5 56 82 .502
2000 Binghamton (East) NYM AA 122 453 .285 20 77 5 64 129 27 3 24 107 .490
2001 St. Lucie (FSL) NYM A+ 3 9 .333 0 1 0 1 3 1 0 4 2 .444
2001 Binghamton (East) NYM AA 8 28 .286 0 0 1 5 8 3 0 5 5 .393
2001 Norfolk (IL) NYM AAA 78 260 .250 7 24 3 29 65 12 0 27 66 .377
2002 Norfolk (IL) NYM AAA 104 383 .300 6 48 5 49 115 26 3 43 50 .431
2002 NewYork Mets NYM MLB 46 116 .302 6 18 2 18 35 8 0 8 19 .526 $200,000
2003 NewYork Mets NYM MLB 156 573 .255 11 71 12 73 146 36 6 46 124 .396 $302,500
2004 St. Lucie (FSL) NYM A+ 2 8 .375 0 0 0 1 3 0 0 0 0 .375
2004 NewYork Mets NYM MLB 86 312 .285 12 42 6 46 89 23 2 23 48 .487
2004 Pittsburgh Pirates PIT MLB 58 182 .220 5 24 1 40 7 0 5 22 34 .341 $316,000
2005 Indy (IL) PIT AAA 72 280 .293 14 52 8 53 82 18 0 45 56 .507
2005 Pittsburgh Pirates PIT MLB 57 155 .258 7 25 0 20 40 9 1 14 30 .465 $342,000
2006 Durham (IL) TB AA 2 8 .375 1 2 0 2 3 2 0 0 2 1.000
2006 TampaBay DevilRays TB MLB 122 444 .275 24 79 4 55 122 25 1 32 97 .498 $675,000
2007 TampaBay DevilRays TB MLB 98 378 .275 16 49 1 47 104 21 0 28 73 .458
2007 Houston Astros HOU MLB 50 169 .284 6 18 2 24 48 12 0 13 40 .284 $2,700,000
Story of Wigginton
ウィギントンは、1998年のドラフトで、ニューヨーク・メッツから17巡目(全体514番目)で指名され、プロ契約をいたしました。

1年目の1998年は、主に2塁手として52試合、3塁守備11試合、外野守備4試合と複数のポジションを経験。2年目は2塁手として固定され、3年目の2000年は、2塁と3塁の併用となりましたが、打撃が向上し、打率.285と、2年連続の20本塁打を記録したこともあり、上のクラスから声を掛けられるようになります。

2001年は、Aクラス3試合、ダブルAで8試合をした時点で、一気にトリプルAまで昇格。その、トリプルAノーフォークでも、守備は2塁と3塁の併用、さらに捕手1試合、1塁5試合、外野1試合と5つのポジションを受け持ちました。

あまり良い成績を残せなかった2001年でしたが、メッツが素質を買っていたらしく、2002年はそのままトリプルAで鍛えさせ、打率.300を記録し、ついにメジャーからお呼びが掛かり、5月16日についにメジャーデビューを果たすこととなりました。

2003年、この年はメッツが日本からFAした中村紀洋3塁手が、2年700万ドル(約8億4000万円)で基本合意をして、健康診断待ちでしたが、「正式に決まってもいないことを漏らす球団など信用できん」という理由で契約を辞退。運が良かったのか、昨年デビューして、わずか46試合出場も、打率.302を記録した若手のウィギントンが正3塁手として起用することとなりました。そして、打率は落としたものの、新人の中で最高打点となる71打点を記録して、ルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票で8位となりました。ちなみにこの年は、サンフランシスコ・ジャイアンツから出戻った、新庄剛志外野手とチームメイトになりました。

2004年は、チームメイトに松井稼頭央が加わった年であり、ウィギントンもメッツの正3塁手として定着したかに思われましたが、7月30日に、ピッツバーグ・パイレーツにトレード。メッツは、ウィギントン、マット・ピーターソン投手、ホゼ・ボゥティスタ内野手を放出。メッツには、クリス・ベンソン投手、ジェフ・ケッピンジャー内野手が移籍しました。そして、ウィギントンの後釜には、プロスペクトのデービット・ライトが3塁を守ることとなりました。

移籍後は、肌が合わなかったのか、スランプに陥り思うような成績を上げられませんでした。スランプは続き、翌年もシーズンの半分以上をマイナーで過ごしましたが、調子の上がってきた後半の8月以降は、打率.365と打撃センスも見せました。

2005年のオフに、パイレーツはウィギントンをリリースし、翌年1月にタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)に移籍いたしました。

デビルレイズに移籍した2006年は、ユーティリティプレイヤーとして5つのポジションを守り、7月30日に左手を骨折し15日間のDL入りするも、終わってみれば自己新でチームトップの24本塁打を記録しました。

2007年は、岩村明憲3塁手がデビルレイズに入団。途中、岩村選手の離脱もあり2塁と3塁の守備を30試合以上こなしました。そして、7月28日にダン・ウィーラー投手とのトレードで、ヒューストン・アストロズに移籍。移籍後も調子を崩す事無く、2年連続の20本塁打を記録し、3塁の定位置も手に入れました。



【タイ・ウィギントンの記録】
■マイナーリーグ


1998年 遊撃手 [ ビッグ・サウス コンフェレンス オールスター ]





体格を生かしたウィギントンバスター(うそ)



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